BLOOM
※実際のシーンに沿わない雰囲気短文です。ぬるいとはいえ部位欠損描写ありなのでご注意ください
失っていた理性がピストルの重みを伴って再び戻ってきた。カッとなって引き金を引くまでは一瞬の間だけだったはずだが、久方ぶりに呼吸を再開したかのような妙な息詰まりの感覚すら、そこにはあった。
すぐ目の前にヴィンセントが倒れている。まぶたは閉じられていず、何が起こったのか理解できないという表情で 床を見つめていて死んだように動かなかった。しばし冷静な面持ちでそのさまを見た後、しゃがみこんで身体を調べた。撃った弾は貫通していないようだが当たりどころが悪かったらしく呼吸が止まっている。平生から艶めかしいほどに白んでいた頬はもはや白さを通り越して若干の土気色すら差し込んできていた。ワイシャツのボタンが取れてはだけた胸の銃創から未練たらしく血が吹き出し続けていた。
想像していたよりも身体は重かった。質量が変化してきているからかもしれない。抵抗力のない腕を掴んで身体を起こし、背中と膝裏に手をあてがってやっとのことで手術台にヴィンセントを寝かせることができた。乱暴に横たわらせた反動で半開きになった口内から上下の歯列がぶつかる鋭い音がした。
立ちくらみが収まるとようやくちゃんとした思考能力が戻ってきた。ヴィンセントは死んでしまったのだろう。別に殺すつもりなどなかったのだが正直に言えば彼がいない方が物事をスムーズに運ぶことができる。これからは特にそうだ。理性を失うほどまで激昂したのはほんとうに久しぶりだったし自分でもまったく予想していなかったことだがむしろ都合が良かったのかもしれない。これから為すべきことを考えているとなぜだか唐突にヴィンセントに対して純粋に「美しい」という感性が心の奥底から湧き出てきていることに気付いた。身体をまじまじと見る機会は、考えてみるとこれが最初だった。確かに彼はそこら辺の人間よりも抜きん出て綺麗な容貌とバランスのとれた体格をしていることは遠目から見ても明らかだったが、今までは他人を区別する単なる記号、すなわち特徴としか見ていなかった。そしてその本来の美しさは生命が止まってから初めて発揮されるのだ。
それは、三分咲き、五分咲きだった花が時を迎えて咲き乱れるさまによく似ている。
このままにしておくのは勿体ないという気持ちが私を駆り立て、しかし何を思いつくでもなく手術用具を保管してある棚を引っ掻き回した。目についたのは抜歯器具だった。解剖や臓器の施術に使うひと通りの器具のストックは多かったが、抜歯鉗子などはあまり使われることはなく、それは抽斗の隅にひっそりと紛れ込んでいた。袋に入った一式を持ち込むとすぐにヴィンセントの口をこじ開け、器具で固定した。口内に湿気はあまり残っていず、上下の前歯に吐き出された血の痕が貼り付いている。ヴィンセントの犬歯は普通よりも大きく、普通よりも尖っている。おそらく彼の中で一番好きな部分かもしれない。繊細な顔立ちに似合わぬ肉食動物の牙のようなそれを探り当て、時間をかけて丁寧に口蓋から外していく。ずいぶんと力の要る作業だ。だんだんと口蓋から自由になりぐらつく歯の感覚と、付け根が脱臼する鈍い音だけが耳の中に残存していく。やがてぽっかりとした暗い穴ができ上がり、銀色のトレーの中に少量の血にまみれた2つの歯が並んだ。これまでにない充足感と疲労感が身体中を駆け抜け、危うく崩れ落ちそうになった。まだ彼を処理する作業が残っている。
部屋に戻って考えた結果、柩を用意することにした。ヴィンセントの身体のサイズに合った、永遠の眠りにも耐えられる空間が必要だろう。秘密裏に火葬することも可能といえば可能だったが、咲き乱れ散っていくことこそが彼にはよく似合っているように私は思う。
抜歯した歯は防腐処理を施し、サンプルに加えた。
すぐに木棺が作られヴィンセントの身体はそこに収められた。私は静かにまぶたを閉じ、彼の記憶に別れを告げる。
そうして誰にも邪魔されることのないゆるやかな腐敗が始まる。
死者は、柩の中で美しく朽ちていく。
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