Rust In Peace




 「シスター・レイ」とスカーレット(派手なドレスをまとった女、見事な金髪、そのやかましい笑いを耳にすると忘れたくても忘れられない、神羅だから尚更だ)が名付けた魔晄キャノンは、うっすらと振りかかる雨の中で淀んだ姿を辺りに示していた。工事現場のような無骨な鉄骨造りのその巨大な砲台は、最近8番街に移設されたばかりであるので奇妙な凄みと存在感を放っている。金属質な音がする階段を上った先の、砲台本体と操作盤が設置された所は太いパイプや電線が床やフェンスのそこかしこで入り組み、なまめかしく絡み合い、あるいは無造作にぶら下がっており一昔前のスチームパンクめいた印象を与えた。ときどき排気口から、シューと長く尾を引くような音で蒸気が噴出していた。
 ケット・シーの言ったとおり操作盤を弄り回していたのは宝条だった。あれは兵器開発と治安維持部の所有で、科学部の宝条の管轄外のはずや、よく動かす気になったな、こっそりマニュアルでも盗みだしてやってんとちゃうか、と憤慨した口調でケット・シーがこぼしていた。それについてはわからないが、高濃度に濃縮した魔晄をキャノンから放つなど、間違いなく危険極まりないので俺たちが止める他にはなかった。宝条はひとつの躊躇も、ミスすらなくスムーズに操作していたと思う。遠目にはそう見えた。汚れた薄灰色の後ろ姿には1ミリの狂いもない空気が漂っていたからだ。動きではなく、彼自身の深淵から滲んでくる気配が、そう感じさせたのだ。
 魔晄ジュース(と彼は言っていた)の服用によって奇形に変貌した宝条が息絶えてしまうと、傷ついた肉がボロボロと削げ落ちて、肉に包まれた白衣が見えてきた。やがてボロ雑巾のようになった科学者がうつ伏せに倒れた恰好で姿を表した。シドはあからさまに顔を顰めて舌打ちし、さっさと階段を降りていった。俺は、宝条と浅からぬ因縁があっただろうヴィンセントのことが気になっていたが、彼は暫し無言で立ち尽くした後、すぐに背を向けて去っていった。未練などないというように。階段を降りていく2つの足音の残響が遠のいていき、俺は一人になった。鉄製の床に残った肉片は、腐敗臭を放ちながら消滅していった。
 この男はいったいどんな気持ちで最後の瞬間を迎えたのだろう、と俺は思った。自分がセフィロスの父だということを他人に明かしたのはこれが初めてだったのだろうか。彼の口ぶりからはそういったことが伺えないわけでもなかった。あいつは知らないと言ったのだからセフィロスも真実は知らされていなかっただろう。なぜだかわからないが、宝条の口から直にそのことを聞いたとき、この男はセフィロスに対して何か、たとえば罪滅ぼしに近いことをしてやりたかったのではないかと直感した。彼自身そうは思っていなくとも、少なくとも俺にはそう見えたのだった。この男はセフィロスを追っていた。セフィロスを探して大空洞にまで乗り込み、挙句にはミッドガルどころか星を犠牲にしてまでセフィロスを助けようとしていたのだ。途中までは俺と同じだが目的はまったくの正反対だった。
 「科学者に向いているのかもしれないな」と宝条は言った、狂気の沙汰だからと最初こそ気にしなかったが宝条はむしろ俺との共通点をどこかに見出したのではないだろうか。不思議と気分が落ち着いている今だからこそ、俺とあの男は、靄で覆われた根本の部分でどこか似ているとわかる。言葉では表現できない。そしてこの男の真意は未だ闇に包まれたままだ。彼は狂っていて幾重にも屈折した感情の塊だったけれど、あまりにも真っ直ぐだった。
 いつのまにか雨は止んでいた。これ以上、涙は流れないようだ。なぜだか奇妙な安堵感に襲われた。
 俺は静かに死体に背を向け、それから階段を下りた。雨が止んでも、シスター・レイの閑寂たる佇まいは、未だ霧に覆われている。



「やすらかに錆び付きたまえ」




「クラウドと宝条博士」ということで、某さんに捧げました。クラウドと博士というよりもクラウド視点の博士になってしまったことが心残り…